神懸焼(かんかけやき)

明治の初め頃、屋島焼きの陶工祖春が小豆島に来島し、茶人秋光と共に神懸山(寒霞渓)の麓に陶窯を築き神懸(かんかけ)焼きの初代として、茶陶器の製造を初めました。

 その後、加賀の国九谷より陶工香悦が来島し、香悦独自の釉薬をもって楽焼き特有の軟さ、深い味わいを持たせながら、実質的には本焼きに近い堅牢さ優美さを有する、一種独自の焼成方法をもって現在の神懸焼き独自の製品を造っています。




  • 最終更新:2011-12-09 17:16:10

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